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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)434号 判決

上告人

井上啓子

上告人

井上雅文

上告人

アリオン・アイ・惟子

右三名訴訟代理人

与儀英毅

被上告人

高江洲義榮

被上告人

井上良

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人与儀英毅の上告理由一について

所論の点に関する原審の認定判決は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同二及び三について

判旨原審が適法に確定した事実は、要するに、(1) 上告人らの被承継人井上清子が昭和三八年に長男の被上告人井上良に本件土地を贈与した当時は、本件土地は被上告人高江洲義榮が清子の同意なくして占有し、かつ登記名義人となつており、清子は義榮に対しその返還を求めて係争中であつた、(2) 良は贈与を受けて約九年を経過した昭和四七年に義榮に対し本訴を起こし、本件土地の所有権移転登記手続を請求した、(3) 清子は右訴訟提起の頃良の訴訟遂行を助けるため、同人に本件土地の権利関係に関する証拠書類を交付したうえ、一審係属中に証人として出廷し良のために証言したが、その証言の中には同人に本件土地を贈与した旨の陳述が含まれていた、(4) 本件の一審裁判所は右証言を採用して良の勝訴の判決をした、(5) その後の昭和五二年四月一八日に清子は良に対し本件土地の贈与は書面によらないものであるからとの理由でその取消の意思表示をした、というのであるところ、右事実関係のもとにおいては、清子は贈与の取消の意思表示をするまでに、すでに良に対する贈与の履行を終つていたものと解するのが相当であつて、右取消の意思表示は無効であるといわねばならない。この点に関する原審の判示は右と同趣旨に帰するものと解されないものではなく、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでこれを論難するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(谷口正孝 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 中村治朗)

上告代理人与儀英毅の上告理由

一 上告理由第一点

原判決には採証法則違背の違法がある。

原判決理由第三項二号に於いて「成立に争いのない甲第七号証、原審における証人井上清子の証言弁論の全趣旨によれば、清子は被控訴人に対し、本件訴を提起した昭和四七年頃本件各土地に関する書類を交付した(但し、その后被控訴人右書類を清子に預けてあつた)こと、清子は昭和四九年四月二日那覇地方裁判所コザ支部に被控訴人側の証人として出廷し、昭和三八年頃本件土地を被控訴人に贈与した旨証言していることが、それぞれ認められる。」と判示している。確かに証人井上清子が法廷に於いて本件各土地を被上告人井上良に贈与した旨供述していることは原判決判示のとおりであるが、昭和四七年頃本訴を提起した当時、本件土地に関する書類を被上告人(被控訴人)井上良に交付した。との証言はどこにもないのである。

原審は証人井上清子の供述にない事実を存在するとして認定したがこれは誤りである。

そして、原審によつて認定された本件土地の贈与の履行に関し、右に述べた「土地に関する書類」を交付した時を持つて本件贈与の履行があつたとしていることからすると証人井上清子の証言にない供述をあるとして認定したことは明らかに採証の法則に違背したものであつて、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二 上告理由第二点

原判決には論理法則違背又は審理不尽の違法がある。

原判決はその理由第三項二号で「訴外亡井上清子から昭和四七年頃、被上告人井上良に対し本件土地の関係書類が交付された旨認定し、その時点をもつて本件贈与の履行期と判断した。

ところで、昭和四七年頃、本訴提起の当時は、本件各土地は訴外亡清子の名義になかつたのであるから、右清子は本件土地に関する書類としては土地の所有権を証するような例えば登記済権利証などは所持していなかつたことは言うまでもないことである。

ところが、被上告人井上良はその証言に於いて、右清子から本件各土地の関係書類を受け取つていた旨供述している。

しかしその供述からは、言うところの関係書類というのは土地に関するメモの類か、あるいは、登記簿謄本の類の文書であつたのか全く不明である。

ここで問題になつている事項が土地の引渡しについての事である以上、その関係書類というのは、少なくとも、土地の引渡したる、所有権移転登記に関係のある書類であろうと考えられるのであるが、前述のとおり、昭和四七年頃は、登記済権利証等は贈与者の手許にはなかつたし、そうした文書は受贈者に交付しようにも交付し得ないことは論理上明白である。

従つて原判決の判示する本件土地の関係書類というのはどのような文書のことか、単なるメモか登記に必要な関係書類かということは非常に大切なことであろうと思料する。

しかし原審はこの点について何等説明することなく被上告人の供述のみで、関係書類たる概念を構成して事実認定を推めている。

しかしこのことは右に述べたとおり論理上無理があり、しかもその点を観過して文書の内容について解明しなかつたものと言わざるを得ず、これが判決に影響を及ぼすものであることは明らかである。

三 上告理由第三点

原判決には民法第五五〇条の解釈、適用を誤つた違法がある。

原判決は訴外亡井上清子の被上告人井上良に対する本件各土地の贈与について、その取消しの意思表示が認められない理由として、右贈与から取消の意思表示までの間が十四年も経過していること及贈与者である右清子が法廷に於いて贈与の事実を証言し、その結果贈与が認容された旨の判決のあつたこと等をあげて民法五五〇条との関係で説示がなされている。ところで、贈与者が法廷で贈与の事実を証言したことにより、その事実が認められて判決がなされた場合に判決が確定すれば既判力の効果として贈与の取消しは認められないというのが判例である。(最高第三小法廷昭和三六年一二月一二日)つまり法廷で贈与者が贈与の事実を証言した時は、それが認められて判決がありそして、確定した場合に訴訟法上の効果として贈与の取消しは認められないというのであつて、原判決の説示するように単なる時間的経過によるものでないのである。

原審はこの点を誤解して判決したものであつてこれは判決に影響を及ぼすこと明白であるから原判決は破棄されるべきである。

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